いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)




















  『本』の中のメンタルヘルス 軍隊・戦争




    アメリカ
    イラクとアフガニスタンの戦争が生み出したのは
       50万人の精神的な障害を負った元兵士
    デイヴィッド・フィンケル (著), 古屋 美登里 (翻訳) 『帰還兵はなぜ自殺するのか』
    亜紀書房 2015年刊

   「『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)の推薦文を書きました。
    イラクに派兵された若い兵士たちの帰郷後の「壊れ方」についての怖いほど細密なレポートで
   す。
    アメリカの男たちはこの100年戦争に行っては「壊れて」戻ってくるということを繰り返し
   てきました。
    戦争に大義があるうちはまだ保ったけれど、ベトナム、アフガニスタン、イラクと戦いに大義
   が失われるにつれて、兵士たちの「壊れ方」は救いのないものになっているようです。……
    『帰還兵はなぜ自殺するのか』を読む限り、アメリカは何も学習しなかったようです。」
       (内田樹氏の推薦文より抜粋)

    イラクに派兵された米兵の“その後”が16章に分けて語られています。第1章です。

    サスキアがそう言うのは、アダムが戦争に行く前の状態に必ず戻るという希望を抱いているか
   らだ。こうなったのはアダムのせいというわけではない。彼のせいではなかった。彼は恢復した
   がっていないわけではない。恢復したいと思っている。しかし別の日には、死んだほうがましだ
   という気がする。アダムに限ったことではない。アダムと共に戦争に行ったあらゆる兵士たち
   ――小隊30人、中隊120人、大隊800人――は、元気な者ですら、程度の差はあれ、どこ
   か壊れて帰ってきた。アダムと行動を共にした兵士のひとりは、『悪霊のようなものに取りつか
   れずに帰ってきた者はひとりもいないと思う。その悪霊は動き出すチャンスをねらっているんだ』
   と言う。
    『助けがどうしても必要だ』2年間、寝汗とパニックの発作に苦しんだ兵士はこう言う。
    『ひっきりなしに悪夢を見るし、怒りが爆発する。外に出るたびに、そこにいる全員が何をし
   ているのか気になってしょうがない』と別の兵士は言う。
    『気が滅入ってどうしようもない。歯が抜け落ちる夢を見る』と言う者もいる。
    『家で襲撃を受けるんだ』別の兵士が言う。『家でくつろいでいると、イラク人が襲撃してく
   る。そういうふうに現れる。不気味な夢だよ』
    『2年以上も経つのに、まだ夫は私を殴ってる』ある兵士の妻が言う。『髪が抜け落ちたわ。
   顔には噛まれた傷がある。土曜日に、お前は最低のクソ女だと怒鳴られた。夫が欲しがっていた
   テレビをわたしが見つけられなかったからよ』
    いたって体調がよさそうに見える兵士は、『妻が言うには、ぼくは毎晩寝ているときに悲鳴を
   あげているそうだ』と言ったあとで困ったように笑い、『でも、それ以外は何の問題もない』と
   言う。
    しかしほかの兵士たちと同じように、途方に暮れているように見える。
    『あの日々のことを、死んでいった仲間のことを、俺たちがやったことを考えない日は1日た
   りともない』とある兵士は言う。『しかし、人生は進んでいく』

    ひとつの戦争から別の戦争へと。2百万のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣
   された。そして帰還したいま、その大半の者は、自分たちは精神的にも肉体的にも健康だと述べ
   る。彼らは前へと進む。彼らの戦争は遠ざかっていく。戦争体験などものともしない者もいる。
   しかしその一方で、戦争から逃れられない者もいる。調査によれば、2百万人の帰還兵のうち2
   0パーセントから30パーセントにあたる人々が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)――あ
   る種の恐怖を味わうことで誘発される精神的な障害――や、外傷性脳損傷(TBI)――外部か
   ら強烈な衝撃を与えられた脳が頭蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引き起こす――を負って
   いる。気鬱、不安、悪夢、記憶障害、人格変化、自殺願望。どの戦争にも必ず『戦争の後』があ
   り、イラクとアフガニスタンの戦争にも戦争の後がある。それが生み出したのは、精神的な障害
   を負った50万人の元兵士だった。


inserted by FC2 system