いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)




















  『本』の中のメンタルヘルス 軍隊・戦争




    奇襲攻撃で精神に異常をきたしていた
      吉田重紀著『孤島戦記 若き軍医中尉のグアム島の戦い』(光人社 2005年刊)

    1944年3月4日、陸軍戦闘部隊第三十八連隊がグアム島に上陸します。
    その中に軍医の吉田重紀中尉がいました。

    私たちは、野戦病院の跡を急いで突っ切って、対面のジャングルの中に入ろうとしたときである。
   突然、前方から2人の兵隊が足早にこっちに近づいてくるのに出会った。相手のほうも、友軍であ
   る私たちの姿を認めて接近してきたもののようだった。
    よく見ると、そのうちの1人が、まぎれもなく私の当番兵だった泉井章一等兵ではないか。私は
   びっくりして大声をあげた。
   「おい、泉井じゃないか! お前、よく生きていたなあ!」
    あのパパイヤ畑での奇襲攻撃をうけたとき以来、はなればなれになった泉井に会えた偶然を、私
   は心の底から喜び、彼の手をしっかり握りしめたのである。ところが、なぜか泉井は、そらぞらし
   い冷たい態度だった。そして沈んだ声で、
   「ハァ……私は、彼と一緒に、この先のジャングルに住んでいます」
    と言って相棒の兵隊を指さした。以前の泉井とは、まるで人が変わったように、何か虚脱したよ
   うな、痴呆状態の態度である。私は彼の姿に、気が抜けたような気持になったが、しかし満州以来
   2年にわたって私の当番兵としてつかえてくれた彼と、このまま別れてしまうのはいかにも残念だ
   った。
   「こんなところにいるのは危険だから、俺たちと一緒に南へ移動せんか」
    とさそったのだが、彼は、
   「私は、彼と一緒にここにいます」
    と、冷たい口調で言うだけだった。
    おかしいな、と思って彼をよく見ると、なんとなく目がドロンとしている。明らかに精神に異常
   をきたしているようだった。あのパパイヤ畑の一件以来、泉井の身の上に何かが起こったに違いな
   い。おそらく、気が狂うほどの激しい恐怖があったのではないだろうか。そうとしか考えようのな
   いほど、泉井の態度はおかしかった。
   「オーイ、軍医さん、早く行こうや」
    連れの兵隊たちが私を促した。おかしな厄介者なんか放っておけと言わんばかりの声だ。
   「じゃあ、泉井、元気でやれよ」
    と言って別れたが、それ以後、私は、彼とふたたび会うことはなかったのである。


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