いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)




















  『本』の中のメンタルヘルス  軍隊・戦争




     アメリカ
     悪夢に勝つためには、真実を語る必要がある
        アレン・ネルソン著 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
        ベトナム帰還兵が語る「本当の戦争」』(2003年 講談社刊)

    アレン・ネルソン。ニューヨーク市生まれのアフリカ系アメリカ人です。
    ベトナム戦争に海兵隊員として参加します。

    わたしは最初の休暇のことを思い出します。
    初めてベトナムからニューヨークの実家に帰りついた。1967年のある日のことを。
    わたしは20歳の海兵隊員で、ノリのきいた軍服を着こみ、ピカピカの軍靴をはいていて、ザッ
   クを肩にかけ、ブルックリンの通りを実家に向かって歩いていました。……
    家にたどり着き、そしてドアをノックしたのです。
    姉たちがドアをあけ、わたしを見つけ、おどろき、そしてわたしをだきしめてくれました。……
    母が奥から出てきました。母はじっと見つめました。わたしはせいいっぱいのほほえみを母に向
   かってうかべました。そして母をだきしめようと近づいたそのときでした。母はわたしを拒絶する
   ように首を大きくふると、こう言ったのです。
   「お前はもう、わたしの子どもじゃない」
    そのまま母は背を向け、キッチンへもどっていきました。
    頭がしびれるような感覚がしました。……
    でもわたしには母の気持ちがわかりました。母は、笑みをうかべたわたしの仮面の向こう側に、
   軍隊によって洗脳された殺人者の体臭と、ぬぐっても消えにおびただしい血のにおいとを、すぐに
   かぎとったのです。わたしはもう、あの無邪気なアレンではなかったのです。……

    母はわたしを家から追い出してしまったのです。
    ホームレスの生活は、ある意味で幸福でした。自分の悪夢のせいで家族が苦しんでいるという罪
   の意識から解放されたからです。……

    通りを歩いていると、わたしをよぶ声がしました。……彼女はこの町で小学校の先生をしている
   と言いました。……
   「アレン、わたしの生徒たちにベトナムについての体験を話してくれない?」……
    1週間後、わたしは小学校の教室で、ダイアンが担当している4年生の子どもたちを前にしてい
   ました。……
   「1965年にわたしは海兵隊に入りました。そして、ベトナムに行きました」
    それから、戦争というものが、たくさんの人がケガをする、どんなにおそろしく、悲しいもので
   あり、しかも莫大なお金がかかるものかということを話しました。ただし、残酷な話にはほとんど
   ふれませんでしたし、もちろんわたしがベトナムでしたことについてはいっさい語りませんでした。
    ……統計学者か評論家のような、おおおざっぱな数や、ピントのぼやけたイメージを使って、き
   れいごとばかりを語りつづけました。……
    話し終えると、拍手がありました。
    ダイアンは、質問はないかとたずねました。いろんな質問がありました。……
    いちばん前の列にすわっていた、小柄な女の子でした。……
   「ミスター・ネルソン」
    女の子はまばたきもせず、わたしを見つめると、たずねました。それは、わたしにとって運命的
   な質問でした。
   「あなたは、人を殺しましたか?」
    だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。
    私の体はこわばり、教室の床にのめりこんでいくような気がしました。……
    でも、何もわたしは何も言うことができませんでした。わたしは目をつむりました。
    心の中に深い暗闇が穴をあけていました。その暗闇の中から、初めて殺したベトナム人の死体が
   うかびあがってきました。
    人を殺したことに誇りさえ感じていたのです。
    教室の床にのめりこみそうな自分の体を、いっしょうけんめいにささえていました。
    わたしの心の中に深い暗闇が穴をあけていました。そして、その暗闇の中から、わたしが初めて
   殺したベトナム人の死体がうかびあがってきました。……
    心の中では、さまざまな声が入りみだれていました。
    ひとつの声は、このまま、教室を立ち去れと言っていました。もうひとつの声は、こう言ってい
   ました。「おまえにほんとうの戦争のことをだれも教えてくれなかったからこそ、今のこわれかけ
   たおまえがいるのだ。だから、子どもたちには真実を知る権利がある」と。しかし、もしYESと
   言ったら、子どもたちにとってもはや「ミスター・ネルソン」ではなく、残虐な殺人者であり、子
   どもたちはこわがるにちがいありません。
    NOと言えというわたし。YESと言えというわたし。わたしの体は、2人のわたしにひきさか
   れたようにして、立ちつくしていました。……
    気がつけば、わたしは、つぶやくようにして、しかし、はっきりとした口調で「YES」と答え
   ていました。わたしではなく、ほかのだれかが、わたしの口を借りて答えたような感じがしました。
    もう後もどりはできませんでした。自分が人殺しであることを、無垢な子どもたちの前でみとめ
   たのです。……

    そのとき、だれかの手が体にふれるのを感じました。
    思わず目を開くと、わたしの腰に小さな手を回してだきしめようとしている、質問をしたあの女
   の子のすがたがそこにありました。女の子の瞳には涙がいっぱいたまっていました。……女の子の
   瞳には涙がいっぱいたまっていました。
   「かわいそうなミスター・ネルソン」
    女の子がそういいました。彼女は、わたしのために泣いてくれたのです。
    頭がじんとしびれたようになり、胸が大きく波打ち、突然に息が上手くできないようになりまし
   た。深呼吸しようと、大きく息をすいこみ、そしてふるえながら息を吐きました。と、同時にわた
   しの目から大粒の涙が幾粒も幾粒も頬を伝っていきました。
    ……
    このとき、何かが溶けたのでした。

    自分自身のことが、とてもよく見えるような気がしました。
    何をすべきかもわかったような気がしました。
    わたしが戦ったベトナム戦争を、悪夢として時間の牢屋の中に閉じ込めるのではなく、今もなお
   目の前でおきていることとして見つめなくてはならないのです。
    悪夢に勝つためには、真実を語る必要があるのです。自分自身に対しても、そして他者に対して
   も。


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