いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)



















   こ こ ろ の ケ ア  警察官の惨事ストレス対策



  
    2011年4月15日の福島県浪江町請戸集落
          ≪活動報告≫ 12.9.7





     「この混乱の最中、福島第一原発1号機が水素爆発していたようである。
      当初避難車両の誘導にかかりきりであった私はそのことを知る由もなく、
     行政局職員から『原発が爆発したから逃げろという指示が出たのでしょう
     か』と質問されて当惑した記憶がある。
      何の情報もなかったことから、現時点でそのような指示は受けていない
     と回答したが、すぐに爆発の事実は報道で判明した。
      その後、行政局に設置されていたテレビの中に、爆発する原発の建物が
     映しだされたのを見た時、腹を決めた。
       殿(しんがり)は俺だ。
      本署から、一時避難の指示があったが、未だ避難車両の列は途切れず、
     気を抜けば再度渋滞が発生する可能性があり、何よりここで踏ん張ってい
     る地元の人がいる限り、退くことはできない。
      そのまま相勤者と留まり、交通の整理誘導にあたり、暗くなってから、
     ようやく最後尾の消防団車両が通過するのを見送った。
      やはり最後まで残るのは地元消防団なんだな、と地区隊長らと話し避難
     所が落ち着いたのを確認してから本署に行き明日からの業務指示を受を受
     けてから駐在所に戻った。」
         (田村警察署に配属の30代の警察官の3月12日の記録)
             (東日本大震災を撮った福島県警の写真展 から)









 ● 新聞記事 「震災教訓、若手警官に継承 兵庫県警の『語り部』」
    「神戸新聞」 2017年1月12日
    最初の任務は神戸市灘区での救助活動。自前の道具はスコップだけだったと記憶している。
   倒壊家屋に潜り込もうとした瞬間だった。余震に襲われ、先輩から急に足を引っ張られた。
   「自分の命を守れっ」。救助に無我夢中で、自分の安全を考えていなかった。
   「神戸新聞」


 ● 東日本大震災に伴う警察措置
    1 福島第一原子力発電所周辺地域における警察活動
    2 被災地における安全と秩序の確保、復興に向けた取組
    平成27年3月警察庁
    警察官の被害状況
    警察職員の中にも数多くの殉職者や行方不明者が確認されました。これらの職員のほとんど
   は、パトカーで住民に避難を呼び掛けている間に津波に襲われるなど、公務中に被災しており、
   最期まで警察職員としての職責を全うしました。
    殉職者 死者:25人 (管区1人、岩手9人、宮城11人、福島4人)
        行方不明:5人(岩手2人、宮城2人、福島1人)
    (パネルの26枚目より)
   「警察官の被害状況」


 ● 新聞記事 「殉職警官の功績後世に 避難誘導中に津波被害
      富岡で碑除幕」
    「福島民報」 2017年4月12日
    東日本大震災発生時、住民の避難誘導中に津波で殉職した双葉署員3人の功績を伝える顕彰
   碑の除幕式は11日、富岡町の同署本庁舎前で行われた。
    殉職したのは増子洋一警視=当時(41)=、古張文夫警部=同(53)=、佐藤雄太警部
   補=同(24)=(いずれも二階級特進)。
   「福島民報」
   「福島民報」

 ● 新聞記事 「富岡町『3・11』伝える 震災資料館整備へ
      被災パトカーや3D映像」
    「福島民報」 2015年4月25日
    富岡町は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の教訓を後世に伝える震災資料館の整備
   に向け検討に入った。町内のJR富岡駅前が候補地で、常磐線が平成30年3月までに再開通
   するのを見据え、町の玄関口に新たな顔を築く。被災パトカーや富岡駅の改札など町が収集し
   た資料を展示する。町復興の情報発信拠点に位置付けるとともに、町民の心のよりどころを目
   指す。
   「福島民報」

 ● 新聞記事 「津波被災のパトカー、富岡町が保存へ」
    「河北新報」 2014年12月17日
    東日本大震災の津波で被災し残されたままのパトカーについて、福島県富岡町は16日、震
   災の記憶を伝える町の遺構として保存することを決めた。同町は東京電力福島第1原発事故で
   全町が避難。パトカーには県警双葉署員2人が乗務し、避難誘導中に殉職した。
   「感謝と哀悼の気持ちを忘れてはいけな町い」と町民から保存を求める声が上がっていた。
   「河北新報」
   「福島民友」


 ● 本 『東日本大震災 警察官救援記録 あなたへ。』
    講談社 2015年2月
    仮安置所の中での活動のなか、今でも忘れられない光景がある。ご遺体を包んだひとつのビ
   ニールシートをはぐと、若い女性が赤ちゃんを左手に抱きかかえて亡くなっていた。それは、
   母親が我が子を守るように、また、安らかに添い寝するようにも見えた。発見した人が赤ちゃ
   んを引き離さずにそのままシートに包んだという気持ちも理解できた。かわいそうだったが、
   まず母親と赤ちゃんを引き離して赤ちゃんから検視を行った。赤ちゃんの服を脱がすと体は泥
   まみれで、目や鼻まで泥が詰まっており、その泥を丁寧に拭き取っていった。それを見た者全
   員が大きな衝撃を受けた。
    隊員が赤ちゃんを丁寧に拭いているなか、隊長(検視官)から、
   「なにもたもたしよるんだ、早よせんか!」
   という檄が飛んだ。隊員は、はっと我に返り作業を進めた。私はこのとき、「隊長はこの状況
   を見て何も思わないのか、冷たいな」と心の中で思った。
    しかし、その日のミーティングで、私たちは隊長の言葉の裏にあった本当の気持ちを聞いた。
   「誰しも、犠牲者に対して可哀想という気持ちはある。特に小さい子供に対しては強いだろう。
   しかし、我々は悲しむべき主体ではない。本当につらいのは被害者と残されたご遺族であり、
   我々の仕事は一刻も早く検視を行ない、ご遺族にご遺体を返すこと。あまりにも感情移入しす
   ぎると我々の気持ちも続かない。だからわざとみんなに活を入れて作業に集中させた」
    私はこの隊長の言葉で、自分自身がずっと胸に抱えていたものが吹っ切れた気がした。残さ
   れたご遺族のために今私たちがすべきことは、一刻も早くご遺族にご遺体を返せるように検視
   に全力を尽くすことだけ。(愛媛県警 警務係長 警部補 41歳)


 ● 『警察における危機・災害後のストレスケアについて』
    ユハ ヤルベリン
     フィンランド警察危機惨事後ケアプログラムセミナー プログラムマネージャ
    出典 王立カナダ騎馬警察広報誌 76巻4号 2014年
    (平成26年度DNGL国際セミナー“災害支援者のケアを考える”資料より)
   「2008年に発生したカウハヨキ銃乱射事件(以下、カウハヨキ事件)は、11人の犠牲者
   を出し、フィンランド警察に大きな衝撃を与えた事件となった。事件後、警察当局は、事後対
   策委員会を設置し、危機・惨事後ケア対策マニュアルおよびその手順の検討に着手することと
   なった。
   『警察における危機・災害後のストレスケアについて』


 ● 『災害救援者のメンタルヘルス対策
       -被災地に職員を派遣前・派遣中・帰署後のポイント』
    兵庫県こころのケアセンター 大澤智子
   「隊員が効率よく活動できるために、隊長ができることを記します。
    1.仕事の目的と意義を明確に
    2.隊員の心の準備
    3.休息の確保を
    4.遺体への関わりを最小限に
    5.隊員の状態を確認する
    6.隊長自身のセルフケア」
   『災害救援者のメンタルヘルス対策』


 ● 『警察における惨事ストレス対策』
    藤代 富広 警察庁長官官房給与厚生課
     「トラウマティック・ストレス」 2013.12
   「4.幹部職員の惨事ストレス状況
    (2)調査対象
    東日本大震災により殉職者がでた警察署6署から9人を選定した。内訳は、警視(署長、副
   署長等)7人、警部(課長)2人であり、全員男性であった。……
    (4)結 果
    9人全員が程度の差はありながらも、惨事ストレスを受けていた。惨事ストレスの原因とし
   て『自分の生で(殉職者を)死なせてしまった』という強い生存者罪責感が第一に挙げられた。
   また殉職職員の遺族対応に心理的負担を感じている幹部職員もいた。一方、対処法として次の
   ことが効果的であることが見出された。すなわち、惨事ストレスの知識を有していること、惨
   事ストレスの知識と対処法を部下職員に伝えること、幹部職員自身も苦しく感じているなどの
   自己開示を行い部下職員と感情を共有すること、警察署の歴史として後世に残すべく記録を作
   成すること等である。これらの結果について時系列でまとめたものを図に示す。
          
      (5)考 察
    警察署長当の幹部職員が自身の苦悩を部下職員に開示することは困難であることも多いが、
   自身の苦悩を否認することなく、開示しながらも全員で支え合って苦難を乗り越える姿勢を示
   すことが心理的健康に寄与していた。幹部職員には相談相手も少ないことが一般的であるが、
   部下職員が支え合う機運を高めるためにも、幹部職員がそのような人間関係を率先して推奨す
   ることが組織的な支援体制の構築に寄与するものと考えられる。」


 ● パンフレット 『絆 ~使命感に燃えて~ 東日本大震災体験記』
    警視庁警務部教養課 発行
   「……
    4月中旬、いよいよわが第二機動隊も被災地への派遣が決まった。しかし私は派遣直前、震
   災による応援要員として警備第一課への併任派遣を急きょ命ぜられ、第二機動隊の一員として
   出動することができなくなってしまった。『無念』・・・この一言に尽きた。
      ……
    部隊の派遣前、私はボート小隊の隊員たちを集め、一緒に行けない悔しさと残って送り出さ
   なければならない申し訳なさを伝えようとした。しかし言葉が詰まり、涙が出てしまった。そ
   れでも隊員たちは私の言葉にならない言葉を最後まで聞いてくれた。
    そして最後に……隊員たちへの手紙を1人1人に手渡した。

    第三小隊のみなさんへ
    派遣にあたり、格好つけずに、また自分を奮い立たせるために俺の気持ちを文章にしました。
   口下手なので・・・
    先日、1人1人に派遣の意思を確認したとき、みんな快く引き受けてくれてありがとう。そ
   れぞれ護るべき人がいる中、この国の危機に立ち向かうことを優先させてくれたみんなを誇り
   に思います。今回の派遣は、震災からしばらく経っているが、初めて見る被災地の惨状の中で、
   我々はきっとたくさんの悲しいものを見ることになるだろう。これからみんなが目の当たりに
   して、もし、悲しくて、無力感を感じて、恋しくてたまらなくなったら、遠慮しないで泣い
   てほしい。俺は泣きます。そして善いもの、美しいもの、素晴らしいものを観たら、微笑ん
   でより良い方向に向かうように被災者、仲間、自分を励ましてほしい。俺は笑います。
    俺からひとつみんなに厳命がある。それは、どんなことがあっても俺より先に倒れるな。俺
   はみんなとこの災害特別派遣を完遂させ、みんなを待っている人の元に必ず帰還させる。これ
   が俺の最大の任務であり、また帰還することがみんなの使命だからだ。そのためにもみんなの
   知識、経験、技能を集め、集団警備力として現場で力を発揮してほしい。
    俺たち第三小隊の合言葉は、艇庫ロッカーの扉裏に書いてある『一艇ありて一人なし』でい
   こう。現場ではみんな命を預け合う仲間だ。いつも言うように、仲間を絶対に見捨てるな。
    日本のため、守るべき人のために一生懸命頑張ろう。これらの苦労はきっと一生の財産にな
   る。派遣を完遂し一連の災害警備が落ち着いたら必ず小隊会をしよう。大いに語り合い、大い
   に食べ、大いに飲み、大いに笑い、そして大いに称えあおう。」(第二機動隊小隊長)
   ≪活動報告≫13.3.29


 ● パンフレット 『警視庁から福島県に派遣された警察官の手記』
    (東日本大震災を撮った福島県警の写真展 から)
   「……
    翌日の勤務では、私自身が初めて1人の行方不明者の方を発見することができましたが、
   残念ながらこの方もご遺体での発見でした。海に近い小さな川辺に浮いている状態で右手に
   に携帯電話を 握ったまま亡くなっていました。
    この時私はその姿を見て言葉にならない衝撃を受けました。それは右手の携帯電話がその
   全てを物語っていたからです。
    『苦しかっただろう』『怖かっただろう』色々な感情が私の体の中を駆けめぐりました。
    もし、立場が逆であったら、私は、発見者に何をして欲しかっただろうか。私にしかでき
   ないことがあるはずだ。そう考えたとき、私が1人の人間である前に、警察官であることの
   自覚がよみがえりました。『そうだ』この人を家族の元に返してあげることが私の使命では
   ないか。
    そう気持ちが整ったときに、安らぎとともに少しだけでもお役に立てたことに警察官とし
   ての喜びに打ち震え実感したのでした。」
   ≪活動報告≫ 12.12.7


 ● 本 『ふくしまに生きる ふくしまを守る』 警察官と家族の手記
    福島民報社刊
    いわき市から避難する直前の妻と息子(4歳)との会話
   「原発事故の収束が見えない状態であり、さらなる原発の爆発の可能性が懸念されていたの
   で、私はこの時が妻と息子との最後の別れになると心に決めて、妻にこう話した。
   『息子が大きくなったら、パパは小名浜に残り、警察官として街のみんなのために頑張って
   いたと話してくれ。3人でもっと楽しい思い出を作りたかったが、それももうできそうにな
   い。俺と一緒になってくれてありがとう』
    それは初めて死を覚悟した上での言葉だった。
    私は妻が『私たちと一緒に行こう』とでも言うのかと思った。
    妻の口癖が『いつも3人一緒』だったからだ。
    しかし妻から出た言葉は違っていた。
    『絶対にまた小名浜に戻ってくるから、それまで頑張って』と妻は泣きながら話し、小名
   浜に残る私に仕事を頑張るよう励ました。
    正直意外だった。
     ……
    小名浜から離れていく妻と息子を見送り、私はいままで以上に行方不明になった方を1人
   でも多く探さなければと決意し、業務に戻った。」
                        (いわき東警察署 30代)
   ≪活動報告≫ 2012.9.7


 ● 本 『惨事ストレスの基礎知識
      ~東日本大震災の救援活動従事者の「心のケア」に携わって~』
    監修 グロービス経営大学院教授・臨床心理士
     総合心理教育研究所・東京セリエセンター 主宰 佐藤 隆
    『捜査研究』臨時増刊号 2012年6月  東京法令出版 刊
    警察庁から委託を受け被災三県の警察職員など延べ約15.000人の惨事ストレス調査
   ・カウンセリングを行った著者による、分かりやすい「メンタルヘルス」「惨事ストレス」
   についての実務的入門書。惨事ストレスから部下を守るために組織として出来ること、日頃
   のメンタルヘルス対策など、具体事例・調査データを提示して解説する「心のケア」のノウ
   ハウ。


 ● 『災害救援に従事した警察官における惨事ストレスの分析』
    田口貴昭・栗原慶子・永野千恵 (神奈川県警察健康管理センター)
   「派遣が解除されてから4週間以降にも惨事ストレスが見られた警察職員の割合は比較的少
   ないものの,派遣中に強い情動体験や精神症状があった場合,反応が長期化する可能性があ
   が示唆された。また,若い年代の職員や派遣時期が早いほど惨事ストレスが高まる傾向があ
   ることから,これらの職員についてのフォローの必要性が示唆された。」
   『災害救援に従事した警察官における惨事ストレスの分析』


 ● 『警察職員の業務に関連するストレスとその健康への影響』
    大沢智子、加藤寛  2012年度
   「東日本大震災が惨事ストレス対策を見直すきっかけとなってはいるが、惨事ストレスを引
   き起こすのは、震災のような大きな事案ばかりではない。負傷者への対応や事件や事故に巻
   き込まれた子どもとの遭遇など、日常業務の中で頻繁に出くわす比較的小規棋な事案も、そ
   の例外ではないことが指摘されている(Moran & Colless,1995)。上田(2006)が行った警
   察職員を対象とした調査によると、交通死亡事故や強盗死傷罪の方が殺人罪性犯罪、傷害罪
   よりもIES-R得点が有意に高く、毎日の業務で頻繁に出遭う事案の方が惨事ストレスと
   して強い影響を及ぼすことを示唆している。」
   「警察職員の業務に関連するストレスとその健康への影響」


 ● 新聞記事 「焦点/警察官自分の命も守る
       /宮城県警、津波避難手順を検証」
   「河北新報」 2012年11月3日
   「ぎりぎりまで住民の命を守り、かつ警察官も生き延びる。宮城県警が大津波に対応した避
   難誘導の在り方を模索している。2日の訓練では警察官の避難行動を初めて実践した。生死
   を分ける多くの課題が見つかった。」
   「河北新報」


 ● 新聞記事 「警官4%、PTSD傾向 被災3県警の職員調査」
   「朝日新聞」 2012年5月24日
   「朝日新聞」
   「共同通信」
   ≪活動報告≫ 2012.6.5


 ● 新聞記事 「岩手県警『心が重傷』1割』」
   「朝日新聞」 2012年4月27日
   「朝日新聞」
   ≪活動報告≫ 2012.5.18


 ● 『犯罪被害者を支援する警察官のCIS等
    (惨事ストレス・PTSD等の二次受傷)に関する研究』
   鹿児島純心女子大学大学院 久留一郎  餅原尚子  鹿児島大学教育学部 関山徹
   『鹿児島純心女子大学大学院人間科学研究科紀要』 第7号 12.3.31発行
   「犯罪被害者支援に携わった警察官を対象にしてアンケート調査をし、そのストレス状況
   (CIS・PTSD傾向の二次受傷など)および予防、ストレス緩和要因について臨床心理
   学的視点から検討をした。警察・被害者支援室の協力を得て、2006年に実施した426
   名について分析した。その結果、a)ストレスヘの対処は,バランスが大切であること、b)P
   TSD傾向者への援助や予防は、画一的におこなうのではなく、その人のもつコーピング・
   スタイル(coping Style)に応じたものが有効であること、c)女性警察官や既婚者への支援は
   より手厚くする必要があること、などが、明らかになった。二次受傷(secondary traumatic
   stress)の先行研究でも支援者保有が有効であることは、多々指摘されており、これらの観
   点を活かして職場での精神的支えをどのように作るかが、犯罪被害者支援を左右する鍵とな
   るだろうと考察された。」
   『犯罪被害者を支援する警察官のCIS等に関する研究』


 ● 「定例会議の開催概要」
    平成23年12月14日
   「当県警察独自のアンケート調査結果では、4,178件の回答中、PTSDの傾向者が2
   49人、うつ病の傾向者が104人などとなっており、今後、可及的速やかに臨床心理士の
   面接をさせる必要性が認められることから、現在臨床心理士の委嘱手続きを行っているとこ
   ろである。」
   「定例会議の開催概要」


 ● 新聞記事 「記者の目:被災地で今も続く遺体捜索=高橋宗男」
    「毎日新聞」 2011年9月13日
   「男性が発見される直前、別の捜索現場を歩きながら岩沼署員が漏らした言葉も忘れられな
   い。
   『おれ、ああいうのを見ると、だめなんですよ』
    がれきに埋もれていた炊飯器のことだ。『みんなあの日までは、家で温かいご飯を食べて
   たんだよな。そう思うと、もう(涙が出てきて)だめなんです』。その言葉に、市民として
   の感覚を感じた。『共感する力』とでもいうべきか。警察官としての使命感は、そういう感
   覚に支えられているのだろう、と思う。」
   「記者の目:被災地で今も続く遺体捜索=高橋宗男」


 ● 第177回国会 参議院外交防衛委員会
     2011年8月4日
   ○岸信夫君 ……
    ですから、その点については、特にこういう大災害があったわけですから、皆さん大変な
   ストレスが掛かっている。イラクと比較するわけにはいかないと思いますけれども、御遺体
   を扱わなければいけないという意味ではこれまでなかったことだと思います。そういう意味
   で、引き続き力を入れていっていただきたいと思います。
    同様に、警察や消防の皆さんも同じような状況に置かれたんだと思いますけれども、まず、
   警察、消防それぞれの中で、どのような体制、特にケアが取られるのかということについて
   お伺いしたいと思います。
   ○政府参考人(坂口正芳君) お答えいたします。
    被災地の住民の安全を確保するに当たっては、活動に従事する警察官のメンタルヘルス対
   策というのは大変重要なものであるというふうに認識しております。警察庁では、被災県に
   他県警の医師や臨床心理士等から成る健康管理チームを派遣しまして、面接指導等を実施し
   ております。また、全国から派遣されておりますが、この全国から派遣された警察官に対し
   ては、被災地での活動内容等に応じまして、帰県後にストレスチェックや医師等による面接
   指導等を実施しております。さらに、惨事ストレス対策としまして、外部の臨床心理士等を
   被災県に派遣しまして、ストレス対処法の指導ですとかストレスが強いと思われる警察官に
   対する個別面接を実施しております。
    被災地におきます警察活動は今後も継続されることでございます。これまでの対策を踏ま
   えつつ、引き続き警察官のメンタルヘルス対策について万全を期してまいりたいというふう
   に思っております。
   「議事録」


 ● 新聞記事 「日本大震災の惨事ストレス対策 息長い支援に不可欠」
   「京都新聞」 2011年7月6日
   「日本大震災の惨事ストレス対策 息長い支援に不可欠」
 ● 新聞記事 「寄り添う心も苦しくて」
   「朝日新聞」 2011年5月18日
   「見ている巽は苦しくて、言葉を発したくなる。だが、『自分が楽にめに、無用な言葉をか
   けてはだめだ」。ぐっとこらえ、黙って寄り添い続けた。重たかった。寄宿に戻り、あった
   ことを仲間と話し、こころにたまったものを吐き出す日々だった。」
   「寄り添う心も苦しくて」


 ● 共同通信発信 「日本大震災の惨事ストレス対策
      息長い支援に不可欠」
    「共同通信」 2011年
   「探しても探しても、その番号の遺体が見当たらない―。
    津波被害を受けた地域の遺体安置所に、西日本から派遣された男性警察官は、そんな悪夢
   にうなされる。
    与えられた任務は、家族による身元確認の付き添いや遺体引き渡しの手続き。目の前には
   平常時ではあり得ない、おびただしい数の遺体が並んでいた。おえつが響き渡る空間に死臭
   が漂う。「何番を見せてほしい」。その遺体まで案内し、一緒に確認する。「ご家族は確認
   できた直後は一様にほっとする。泣くのはそれから。確認できないとあの日が終わらないん
   です。早く見つけてあげたいと思った」掛ける言葉が出てこない。遺族の話にただうなずい
   て、頭を下げることしかできない。そんなことは初めてだった。
    「生き返って!」。子どもを亡くした母親の、悲痛な叫び声が耳に残っている。子どもの
   遺体はわが子の姿がダブり、特に胸にこたえた。
    「自分は警官だ、自分は(精神的に)強い」と思っていた。被害者や遺族への接し方には
   それなりに自信もあった。意気込んで被災地へ向かったが、その自負はすぐに打ちのめされ
   
    1週間もすると、死臭もがれきの山も“日常”になった。「慣れるのは、精神的なキャパ
   がもたないからなのかもしれない」と言う。
    任務を終え、震災前と同じ日常に戻ると、違和感を覚えた。「この街には死臭がしない」。
   眠りが浅くなり、やめていたたばこに手を出した。幼児の変死事案に対して何も感じない自
   分がいた。
    あの仕事は何だったのか。一生懸命任務を全うしたつもりだが、充実感なんてこれっぽっ
   ちもない。「ありがとうとご遺族に言われたが、遺体を見つけたのは俺じゃない。最後に引
   き渡しただけ。誇れることじゃない」組織的なフォローは特にないが、期待もしていない。
   「あったとしても、人事上の不利益にもつながりかねないし、信用して相談なんてできない。
   個人で折り合いをつけるしかないでしょ?」
    今も被災地で一緒に活動した仲間と連絡を取り合っている。「同じ思いを分かち合える相
   手がいることが、救いです
   「共同通信」


 ● 『警察官のストレス講座』
    警察官の惨事ストレス・ケアの基礎知識
    常磐大学教授 長井 進
    『月間交通』 2011年6月号
   惨事ストレス・ケアの概説と説明があります。
   「救援者の惨事ストレスは『共感疲労』という要素が関係しています。
    共感疲労とは『重要他者が経験する外相的出来事の詳細を知ることによって必然的に生じ
   る行動と情動』を言います。精神的に傷ついた人に深く関わる立場の人は、誰でも共感疲労
   に襲われる可能性があります。……
    共感疲労は突然、何の警告もなく起こり、絶望感や孤立感や混乱を伴います。……
    『バーンアウト』共感疲労の一要素であり、達成感の欠如を反映したもので、仕事量の多
   さや支援の少ない職場環境と深く関連していると考えられます。」


 ● 新聞記事 『宮城県警警察官、精神疲労訴え
      「夢の中で遺体数える」』
    朝日新聞 2011年5月14日
   『宮城県警警察官、精神疲労訴え 「夢の中で遺体数える」』


 ● 新聞記事 『3県警対象に精神的ケア そうさなどのストレス懸念』
    共同通信 2011年4月26日
   『3県警対象に精神的ケア』
 ● 新聞記事 『警察官に精神的ケア 本県含む3県警対象』
    岩手日報 2011年4月27日
   『警察官に精神的ケア 本県含む3県警対象』


 ● 新聞記事 『東日本大震災:遺族支える 「悲嘆ケア」』
    毎日新聞 2011年4月16日
   『東日本大震災:遺族支える「悲嘆ケア」』
   「巽さんより5歳ほど年上の男性は、津波で母と妻を失った。ひつぎの中には数珠などが置
   かれた遺体袋が一つ。巽さんが袋を少し開けると捜し続けた顔がそこにあった。「ありがと
   うございます」。男性は短く言って頭を下げた。
    妻の着ていた冷たい服を手に、顔を見つめる男性のかけた眼鏡があふれる涙でくもり始め
   ていく。そばに立つ巽さんは、のどまで出かかる慰めの言葉をのみ込んだ。訓練で学んだ言
   葉が頭に浮かぶ。「安易な声かけに傷つく人もいる。遺族のペースを最優先に。あくまで寄
   り添うことが大切だ」。発見された場所や状況、死因。遺族の疑問に正確に、分かりやすく
   答える。犠牲者の最期を知り、尊厳を持って見送ることは、遺族のケアの第一歩になるから
   だ。」


 ● 『警察官の外傷性ストレスの実態に関する研究
    -PTSD症状と気分・不安障害との関連について-』
    上田 鼓
    『トラウマテック・ストレス』 2010年2月号
   「トラウマの累積や、外傷的な出来事に直接曝露されることがPTSD症状に関連すること
   が示唆された。警察官の仕事は過去のトラウマの類似点が多く、トラウマを想起させ易いと
   いえる。
    また、支援活動の多さが精神的負担になりストレス対処能力を下げていたり、精神的健康
   度が低下していたりすることで、PTSD症状を誘発し易くなった可能性も考えられる。」


 ● 『警察官における外傷性ストレスに関する前向き疫学研究』
    チャールズ・R・マーマー   サンフランシスコ退役軍人局メディカルセンター /
          カリフォルニア大学サンフランシスコ校
    『トラウマテック・ストレス』 2009年9月号
   「日常の職場ストレスと直近の惨事のPTSD症状とに強い相関がありました。……また、
   私生活でストレスとなる出来事が多い警察官は、仕事でもストレスが多いと述べています。
   そして、職務で生命の危機を覚えるような出来事を複数回経験している警察官は、職場環境
   であまり支援されていないと述べています。職場環境の直接影響と、いくつかの他の予測要
   因が職場環境を介して間接的に影響しています。」


 ● 『災害救援者に対する惨事ストレスマネージメントシステムの
    あり方に関する調査』研究成果報告書
    研究代表者 松井 豊(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)
    平成18年3月
   『災害救援者の二次受傷とメンタルヘルス対策に関する検討』
   「イギリス 首都警察の惨事ストレス対策
    大事故があったときには、活動要請があってから42時間から72時間で、外傷支援デブ
   リーフィング(traumasupportdebrieling)が行われる。
    ブリーフィングは、ミッチェルモデルを変容させた形式で行われている。デブリーフィン
   グは2人のデブリーファー(リードデブリーファーとピアデブリーファー)が進行し、3人
   目の人(サポーター)はゲートキーパーとなる。ゲートキーパーは、デブリーファーを支援
   し、人の出入りを制限する。参加者は、最大20人までで実施している。デブリーフィング
   では、参加者に対して、正常な生活が続くことを強調し(nomalizmalize)、大丈夫だとい
   う感情(ok feeIing)を持たせる。」


 ● 質問主意書『警察官の職場環境整備の実態に関する質問主意書』
    平成十六年八月五日提出 質問第五一号  提出者 松野信夫
   「一 最近一〇年間に現職警察官が自殺をした事案はどの程度あるか。その原因についでは
   どのような調査を行っているか。もし行っているとすれば、職場内でのいじめなど職場環境
   に原因があると判断された事案はどの程度あるか。
    二 警察官が様々な精神的悩みや障害などの問題を抱えている場合、警察庁ないし各都道
   府県警察ではどのような対処をしているか。相談窓口が設置されているか、設置されている
   とすればその利用状況はどうであるか。特にセクハラその他のハラスメントに対する相談や
   対処はどのようにしているか。
   『衆議院議員松野信夫君提出警察官の職場環境整備の実態に関する質問に対する答弁書』

   『衆議院議員松野信夫君提出警察官の職場環境整備の実態に関する
    質問に対する答弁書』
    平成十六年八月十一日 内閣総理大臣 小泉純一郎
   「一について
    平成六年度から平成十五年度までの十年間に自殺した現職警察官の数は全国で三百三十一
   名である。自殺の原因については、警察庁又は各都道府県警察において、必要に応じて、自
   殺者の亡くなるまでの状況を職場の同僚等から聴取するなどの調査を行っていると承知して
   いる。しかしながら、自殺は、原因が分からない事案や複数の原因が考えられる事案も多く、
   職場内でのいじめなど職場環境に原因があると判断される事案の件数を示すことは困難であ
   る。
   『衆議院議員松野信夫君提出警察官の職場環境整備の実態に関する質問に対する答弁書』


 ● 『二次受傷――臨床家の二次的外傷性ストレスとその影響』
    大澤智子
    大阪大学教育学年報第7号 (2002年)
   『二次受傷――臨床家の二次的外傷性ストレスとその影響』
   「これらの名称は異なるものの、しかし、それぞれの概念が意味するのは、『トラウマ体験
   者と共感的に関わることで臨床家はリスクを負う』と言うところで共通している。その影響
   の表出方法やそこに至るまでのプロセス、脆弱要因については若干の違いはあるにせよ、大
   枠では同じように思われる。これまでの調査研究は、STS(Secondary Traumatic
    Stress:「二次的外傷性ストレス」)は専門家としての役割だけではなく、一個人としての
   生活にもさまざまな支障をもたらすことを報告している。


 ● 『阪神大震災 もう1年 まだ1年』
    阪神大震災を記録しつづける会編
    神戸新聞総合出版センター 1996年刊
   「自信と誇りをあの大震災より半年余りが過ぎた。疲れ果てた身体が平常に戻りつつある人
   が多い中、本人さえ気付いていない心のケアを必要としている人達のことが今とても気にか
   かる。
    機動隊員の私の主人。震災前日の当直勤務から4日目に一時帰宅をした。何よりも多くの
   人を生きているうちに救出したいという思いだけで働いていた。言葉数はすくなかったが、
   無力さと悔しさを隠しきれない様子であった。ほどなくおおくの県外の警察官の応援があっ
   たが、言うまでもなく激務は変わらない。」
   ≪活動報告≫2015.2.12

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