いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)




















  『本』の中のメンタルヘルス  軍隊・戦争




    被爆者自身は、被爆後の心理状態を虚脱状態という
     ロバート・J・リフトン著 桝井迪夫 他訳
     『広島を生き抜く 精神史的考察』(岩波現代文庫)より

     「歴史の屍」
    「歴史の屍」とは、結局、重要な象徴の破壊にほかならない。大田洋子は、広島の過去の歴史を
   包摂する建物が破壊されたのを見たのである。彼女の言葉には、物理的破壊と内面的象徴の崩壊と
   が切っても切り離せないものであることが明確に表現されている。大規模な破壊に直面して、被爆
   者はとくに明確に規定できる心理的症状を示さなかったようである。被爆者自身は、被爆後の心理
   状態を表すのに虚脱状態という言葉を使うことが多い。それは落胆、呆然、空白を意味し、崩壊状
   態、または真空状態と訳すことができる。大田洋子が病気のように伝染していったという無欲願望
   の状態も、これと同じものであろう。人々は虚ろな顔をして何も求める意欲もなしに動いていたの
   であり、これは別の歴史的事件においていわれた「千マイルの先を見る目」と同じ現象であろう。
   このような真空状態は一種の無感覚状態とも、あるいは極度な失望落胆とも考えられる。このよう
   な心理状態は、相当長期にわたって続くものであり、その間、被爆者の外界に対する反応は最低と
   なり、生きるために必要な行動しか行えなくなる。意思とか欲望というものは消滅してしまうので
   ある。真空状態とか無欲願望とかいう言葉は次第に一般に認められて、被爆者の混沌とした心理状
   態を規程する言葉となったのである。
    ……
     悩み多き再生
    逆説的にいえば、真空状態は心理的復古胃の第一歩であった。絶望の淵に沈み精神的麻痺におち
   いった心は、再び自己の復活への歩みをはじめようとして、じっと耐え忍んでいる姿である。しか
   し、本当に復興がはじまるには、崩壊の過程にある程度の説明が与えられることにより、いわば解
   毒される必要があった。そうしてはじめて、人々の心のなかに積極的生活に不可欠な3つの要素が
   蘇ってくる。すなわち、他人との連帯感、生命力と活動力の息吹き、統一ある心と目的意識が生ま
   れるのである。このような復興は、広島の場合、どうしても完全なものではあり得なかった。解毒
   は部分的にしか行い得なかったのである。なぜなら、被爆者の心には死のイメージが焼きつけられ
   ていて、それが復興を悩み多きものにしたからである。
    人間関係の再建は、初期の復興では極めて重要な役割を果たした。とくに家族の場合そうである
   が、友人間においても、知人のあいだでも、いや見知らぬ人の間でも同じであった。市役所の職員
   のうち、生き残った少数の人たちが献身的努力を重ねて食料を分配したことは、単に物資の面で急
   場を救っただけではなく、被爆者が精神的に他との連帯感を取り戻し、活動力や生命力を取り戻す
   ことに大いに役立ったはずである。死の恐怖および死者に対する罪悪感は、かかる結果を経てはじ
   めて心理的に解決の糸口を見いだすのである。
    恐怖にみちた体験談を交換することも、一種の解毒作用をもっており、被爆者の心の回復に役立
   った。


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