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『戦争神経症』(「戦争ヒステリー」)という後遺症
小俣和一郎著 『ドイツ精神病理学の戦後史』
1914年にはじまる第一次大戦は、それまでの戦争にはなかった膨大な数の死傷者を生み出し
た。『総力戦』という言葉がはじめて使われたことからもわかるように、前線兵士のみならず、一
般市民にも食糧不足などの深刻な影響が及んだ。また、当初は簡単に終結すると思われていた戦闘
は、長期の塹壕船となって前線兵士に心身の消耗を強要した。銃砲や戦車、潜水艦、飛行機などの
新しい兵器が次々に登場したことで、『砲弾ショック』などの新用語が生まれ、また世界初の毒ガ
スの使用は新たな恐怖と心理的ショックをもたらした。4年余りに及んだ戦闘が終わったのちには、
『戦争神経症』(「戦争ヒステリー」)という新しい名の後遺症が残され、その治療が精神医学の
世界で大きな問題になったのである。
戦争神経症とは、戦争行為に伴なう様々の不安・恐怖・驚愕などの体験が、一種の外傷となって
起こる精神症状群を指すが、それはときに兵役の回避、戦争からの逃避としてのヒステリー症状
(種々の運動感覚障害)のかたちをとったりした(戦争ヒステリー)。
……
第一次大戦が生み出した膨大な数の『戦争神経症』患者は、精神分析をはじめとする精神療法へ
のニーズを一挙に高める方向へと医療界を動かすことになった。
……しかし、その莫大な数の被害者を公的に救済するだけの経済的資源はなく、そこに、被害者
を『年金神経症』または『賠償神経症』として括り、補償の対象から切り捨てようとする政治的・
法律的・社会的な風潮が誕生する。当時の精神医学界もまたそうした風潮と無関係ではなかった。
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