いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)




















  『本』の中のメンタルヘルス 日本




    「官」の資料にも劣悪な労働環境
      『職工事情』岩波文庫

    1903年、農商務省商工局工務課工場調査掛は工場労働者の労働事情、労働関係を調査して公
   表しました。そのなかの綿糸紡績職工事情の項です。

    紡績職工疾病の多数は呼吸器病、消化器病にして眼病、関節病、生殖器病等また少なからざるが
   如し。顧うに、紡績職工は終日器械とともに働作するを以って十分の運動をなし、身体に佳良なる
   が如くに誤解する者あるも、身体の運動は清潔なる空気中においてし、かつ精神の作用これに伴う
   にあらざればむしろ害あるものなり。しかるに彼らは終日同一の器械の側に立ちて極めて単調無味
   なる作業に従事し、業務上精神の慰むべきものなく、過度の労働就中徹夜作業の如き生理に反せる
   仕事をなし、しかも休日休息時間少なく食後直ちに就業するを以って消化器病を起こし営養不良の
   もの多し。

    寄宿女工病類の1899年から1902年上半期の年別表では、「消化器病」「呼吸器病」「伝
   染性病」についで「神経系および五官器病」が毎年患者全体の10%の罹患率を占めています。
    では救済の状況はどうだったのでしょうか。

    職工の疾病負傷のに対し一定の救済方法を設くるの必要は工場主のつとに認むる所にして、この
   の目的により職工間に団体を設けしものありしが、明治27年(1894年)の頃、大阪における
   紡績業者連合して一の保険会社を設け、職工の疾病負傷および死亡の保険をなさんとし、会社設立
   後1か年ばかり営業したりが、不幸にして職工の病傷保険を廃止するに至れり。自後2、3の工場
   において自己の工場にこの種の保険制度を設け、職工をして必ずこれに加入せしめ、保険料として
   毎年賃金の幾分を引き去り、その資金に充て、いわゆる救済会または共済組合の名称を付すものあ
   り。この種の仕組は漸次行なわるるに至れるも、いまだ一として完全なるものなく、傷病者または
   死亡者あるとき、団体はその救済の費用を完全負担すること能わず、あるいは臨時に会社の経費よ
   り贈与金をなし、あるいは常時会社の経費を以って医薬を支給するもの多し。

    しかし実際の会社の対応がこれとは違っていたという記録がたくさんあります。


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